100年の孤独

I only sleep with people I love, which is why I have insomnia

夏休みの宿題

8月も終わりが近づくと、小学生の頃の夏休みの事を思い出す。5年生の夏休み、8月生まれで同じ団地の色川君が、誕生日プレゼントに天体望遠鏡を買ってもらった。俺と色川君は学校は違ったが仲が良く、望遠鏡を自慢したい色川君と夜中に子供だけで出歩く大義名分が欲しかった俺の利害が一致し、親を説得して自由研究として二人で天体観測をすることになった。
その頃俺たちが住んでいたのは千葉と東京の間のベッドタウンで、駅前の繁華街を抜けると住宅街があり、そこからさらに川を超えると町工場が密集する地域があった。天体観測にはネオンの光が邪魔だろうという事で、俺たちは町工場の方で天体観測に適した場所は無いかとあらかじめ昼間に自転車でロケハンを行い、川を越えて20分ほど行った所の高台におあつらい向けの神社を見つけてあった。準備は万全。当日は二人の秘密基地だった陸橋の階段下の金網で囲われたスペース(植え込みがあり、子供が座り込むと通りからは死角になって見えない)で落ち合い、駄菓子とジュース、そして携帯ラジオから流れるBGMに興奮しながら子供だけで深夜に密会しているという非日常を存分に楽しんでから神社に向かった。
夜風は気持ちよく、ペダルをこぐ足取りは軽い。川を超えた所のキツイ坂道は天体望遠鏡を落とさないように用心して自転車を下りて登った。そうやって深夜の街のクルージングの末に高台のふもとに着く。ここから先は階段だ。自転車を止めて懐中電灯を取り出す。一段飛ばしで階段を駆け上り、息を切らせながら境内までたどり着くと、そこは二人呼吸音以外には虫の声が少ししていただけ、天体望遠鏡を設置して懐中電灯の明かりを消すと本当の真っ暗になった。
最初は星座の名前を調べたりしてワイワイとやっていたが、だんだん飽きてきた。低倍率の天体望遠鏡で見えるのはほとんど代わり映えしない恒星ばかりだったからだ。そろそろ帰ろうか、という事になり懐中電灯を探すがどこにあるのか分からない。管理していた色川君が、どこだっけ?と言いながら手探りで探し始めた。すると、どこからか
 
コーン…コーン…
 
という音が響きだした。なんだろう?色川君が泣きそうになりながら必死に探しているのをよそに、俺はその音が気になり音の出どころである神社の隅に行ってみた。神社の鳥居をくぐって左手側の広場で天体観測をしていたんだが、音は右手側の林からしていた。近寄って見ると音の方から明かりが見えた。遠目でもよく分かる、白装束に身を包んだ人間だった。丑の刻参り。俺はそれを知っていた。叫びたい気持ちをおさえ、極力物音を立てないように境内まで戻ろうとしたその瞬間、後ろから
 
「おーい、懐中電灯あったぞー!」
 
と叫びながら色川君が懐中電灯のライトをぐるぐるとこちらに向けながら走ってきた。コーン…コーン…という音が止まった。バレた…終わった…そう悟った。一目散で逃げる俺を見て非常事態を察した色川君だったが、すぐに自転車まで逃げるのではなく「天体望遠鏡!!」と言いながら境内の方に行ってしまった。鳥居を抜け、階段下の駐車場まで逃げた俺は色川君を1分ほど待ったが、色川君は来ない…
戻って色川君の親に言うべきか…自分の親に言うべきか…どうしよう、と思っていると階段の上から明かりが降りてくる。天体望遠鏡を握りしめ泣きながら色川君が降りてきた。その後ろには手に蝋燭を持った白装束の女が一緒だった。闇からぬっと現れたその女は、あたかも夜から生まれたようだった。逃げたい気持ちをおさえ、色川君の名前を呼んだが、泣きじゃくっている色川君から返事はない。徐々に街灯が二人を照らす。良く見ると色川君はあちこちに擦りむいてケガをしていた。
階段を降り切った二人。数歩の距離にあの女がいる。俺は緊張で微塵も身動きが取れなかった。助けるべきなのか、逃げるべきなのか、決断に迷ったわけではない。完全に全ての思考が停止して同時に全ての思考があふれ出しそうになっていた。パニックになって喉から叫び声が漏れる、その直前、女が顔を上げ「ごめんね」と漏らした。よく見ると、女も号泣していた。
 
5分ほどして落ち着いた俺たちに女は話した。丑の刻参りをしていたが俺たちに見つかり失敗した。俺は殺されると思ったが、女は「失敗した」程度であきらめに近い感情があっただけだったらしい。だがそのあと大きな音がして驚いて広場のほうに行くと盛大に転んだ色川君が傷だらけになっていた。泣き叫ぶ色川君を見て、自分のせいだと思ったのであろう女は責任を感じ号泣してしまったらしい。幸い色川君は擦り傷だけで他に大きなけがは無さそうで、傷を清めの水で洗った後は泣くこともなくあっけらかんとしていた。
その後、駐車場にあった自動販売機で女にジュースをおごってもらい、少しだけ話をした。女は市街に住むOLで嫌な上司にいじめられてる、という内容だった。で、その上司を呪うために丑の刻参りをしたらしい。話していると普通の女の人で、自動販売機の明かりで見たその顔はむしろ美人な人だという感想だった。ちなみに白装束だと思っていたのはただの白っぽい服だった。
その後、もし色川君のケガがひどかったら電話して、とメモをもらった。メモには椎名彩花という名前と電話番号。夜8時以降か日曜日しかつながらないけど、と言っていた気がする。帰りがけに「椎名さん、今日は本当にすみませんでした」と言うと、笑いながら「彩花でいいよ」と言っていた。色川君が「彩花ちゃん!」と笑いながら言うと、女は声を出して笑った。帰りは俺が天体望遠鏡を運んだ。何があったかは親には話さなかった。
 
一週間後、色川君の擦り傷はきれいさっぱり治ったので、女に一報入れておこうということになった。綺麗な人だったし、もう一度会えるかな?などと少し期待してた。「多分色川君も同じだろう。なぜか口達者というだけで俺が電話することになった。電話をかける前に「今度から俺も”彩花ちゃん”って呼んでいいですか?」という台詞を声には出さずに数回練習した。

女が出て

「あの時は本当にごめんね」

みたいなことを言ってきたので

「気にしないでください」

と言い、練習した一言を切り出そうと意を決して息を深く吸ったところで、女は心底うれしそうにこう言った。

「そうそう、・・・あの時の呪いね。・・・効いたよ」

俺は上司に何が起きたのかは聞けなかった。結局、それから椎名彩花に連絡はしていない。

更新再開

こんばんは、耳ミンスです。死んだ子供の歳を数えているうちに気づいたら上半期が終わっていました。いや、サボってた訳じゃないんです。ぱちょとんぱさんの生誕とかハピくるきのこ卒業とか何か書こうとしたタイミングは色々あったんですよ。でもその度に耳ミンス脳内倫理委員会が原稿にボツを出すんですよ。それもこれもぱっちょぱちょとかちょっぱちょぱとか無限にくだらない下ネタをこねくり回せる名前をつけたコウテカ運営が悪いんですよ。日本にセクハラ罪が無いのが悪いんですよ。そうだ!俺は何も悪くない!やめろ!放せ!俺は無実だ!!(白目)

・・・すみません。取り乱しました。本当はサボってました。いや、別にブログのモチベーションが低下したとかじゃないんですけど、椎名彩花日記の最終回が書けなくてうんうん唸ってたら2か月たってました。いや、何も思いつかないわけではなくて、大枠のプロットまでは決まってたんです。かいつまんで筋だけ書くと

ミンスという男がネットのアングラ掲示板で一緒に自殺してくれる人を募集したら関東近郊に住むひとりの女からメールが来て、週末の深夜に横浜郊外の廃トンネルで会うことになって、練炭なんかを準備して当日車で待ち合わせ場所まで行って待ってたら少し遅れて女が現れて、その子は椎名彩花って名乗るんだけど、じゃあ練炭準備しようかとなったら「私本当は自殺したいんじゃないの。人を殺してみたかったのよ」とか言いだして、男は「別にいいけどそれなら俺を殺す前にセックスさせてくれ」とか言いだして、もじもじしながら「えー」とか言いながらも最終的にOKもらってカーセックスして、余韻にひたりながら何で死にたいのかとかなんで殺したいのかとかおっぱいさわりながら話したりしてたら、男が「死ぬ前に海が見てえなぁ」とか言いだして、それで明け方の山沿いの道を海を目指して走るんだけど、大きなカーブを曲がった先に朝焼けに染まった海が現れて、カーステレオからはCOMMONのBEが流れてて、それがすげえキレイで二人で感動する

・・・ってお話なんですけど、最終的にどうしても推しと自分がセックスする所で「これはダメだろ」となってしまい、かといって「もうこの展開以外は嫌だ!日本にセクハラ罪はない事は閣議決定済み!」と譲らない自分もいて、それで頭抱えながら2か月うなってたわけです。その他に丑の刻参りをする椎名彩花さん等プロットだけのお気に入りエピソードはいくつかあるんですが、最終回としてはやはりずっと椎名彩花主観で続いてたのが俺主観に変わって俺が死んで終わるってまじ美しくない?(自画自賛)という思いが強く、会議は回る的な何かで2か月経ってしまったわけです。

という事で、いつまでもループしててもしょうがないのでここでネタバレする事でもう書けないようにするという無理やりな区切りのつけかたで通常営業に戻ろうと思います。明日はリリスクのニューアルバムについてうだうだ書こうと思います。今日はおしまい。今日のエンディングテーマはCOMMONのBEです。目指せ毎日更新(無理)。

こんばんは。耳ミンスです。

カブトムシ食べたアイドルを解雇するんじゃなくて、そのパフォーマンスから続けてaikoのカブトムシを歌うように指示するのがマネージメントとかプロデュースってもんだと思うのですよ。(挨拶)お久しぶりです。いい具合に時機を逸したネタでおじさん感をアピール。耳ミンスです。口から虫の脚はみ出させながらカブトムシ歌ってるアイドル、少なくともWACKよりだいぶ面白いと思うんだが。

さて、Stereo Tokyoが消滅したショックのあまり人格の同一性が乖離しちゃった耳・パラノイアミンスくんですが、今日は関係妄想を文章にして吐き出すいつもの認知療法はお休みして、久しぶりに現場の記録を残しておこうと思います。え?何の現場かって?そりゃあもちろんギュウ農フェス。我らが椎名彩花がバッカゲン、しかもコウテカファミリーとしてアイドルラップシーンに参入ともなればこれは行かざるを得ないでしょう。コウテカを抜きにしてもイベントとしてとても楽しそうで、毎月どっかしらでやってる地下アイドル雑に詰め合わせたフェスとは一線を画すイベントでしたね。この日は昼からハピくるBBQもあって余すとこなく楽しい一日でした!以下まとめ。
 
・ハピくるBBQ
その昔、友達に「とっても高価なキノコ」を手に入れたので鍋をやろうと誘われて「とっても高価なキノコ鍋パーティー」をした時、みんなで鍋をつつきながら主催者が「なんだよ!キノコとか全然大したことないじゃん!それよりこの白菜を見ろ!虹色に輝いてる!カッコEEEEEEEEE!!!」と叫びながらみんなで腹を抱えて笑い転げたというハートウォーミングな青春の1ページがあるのですが、そんな記憶からサニーさんにハピくるBBQに誘われたは良いものの「ハピくるってメンバーに『キノコ』ってこがいたはずだしなんか『パーフェクトトリッパー』って曲が代表曲なはずだけど大丈夫かな?」などと実は少し警戒していました。しかしそんな心配は全くの杞憂。青い空、美味しいお肉、気の置けない仲間、アルコホール&美少女、会場の隅っこでノートPC開いて岸森インスタライブの録画見ながらが泣き崩れてるもつさんとラインマーカー、お子様からカップルまでみんなが安心して楽しめる健全&ハッピーなイベントでしたね(一部を除く)。
それにしてもハピくるはヲタクも運営もホスピタリティに溢れてて、俺みたいにたまにフラっと遊びに来るくらいの感じでも全然アウェー感が無くて現場の空気が最高ですね。なんかはっちゃんが成長してて感動しました。あとサニーさん今日も2時間くらい遅刻してました。

 
・コウテカ・ドライ
4時過ぎくらいにはコースト着いてたんですが、ヘッズの皆さんとかステレオ遺族とかとおしゃべりしながら野生のビラ配りアイドルを冷やかしているとあっという間にコウテカの出番、メインステージ移動してギュウゾウさんと里咲りさの注意喚起を聞きながらオクタゴンスピーカーセットアップを待ってたんですが、この時のバックで流れてたのがStereoTokyoのAnthemで、なんか色んな感情が同時に浮かび上がってきて不思議な感じでした。最後ちょっとだけでしたが通常音響からオクタゴンに出力が変わってAnthemの音に合わせてみんなでたらめのステップで踊ってたらちょっとあの頃の感じを思い出しました。ギョウゾウさんに感謝。 

んでもって感傷的になるのも束の間、照明落ちたらお待ちかねのコウテカドライ!先陣切ってステージ入りしたぱちょとんぱ(名前変だよね)さんの「おまえら殺しに来たぞ!」という煽りと共にメンバーが登場!この煽りはつまり「遠い国からはるばる殺しにキタキタ指図は受けない変態無差別 Sound boy killer」って事なんでしょうか!?冒頭からオナニー三昧のヲタクのアナロジーとして人間発電所を引用するとんでもないHIP-HOP偏差値の高さ(違う)を見せつけつつ、そっからは最後まで気合の入ったステージングで素直に「カッケーな」と思える内容でした。気になるオクタゴンスピーカーの感想としては、もちろん迫力あるサウンドではあったんだけども、多分マイクの音源が通常のスピーカーから出ててトラックがオクタゴンから出力されてたみたいでラップが低音に潰されてる様に聞こえたんで、はやく通常の環境でラップ聞きたいっていうのが正直な感想ですかね。あとオクタゴンってステージの周囲を取り囲むように34個のスピーカーが配置されてるもんだから、立体的な音響とかを想像してたんだけど、位置が悪かったのか最前付近にいると平面的に聞こえて「こんな感じなんだ」と少し肩透かし食らいました。低音利き過ぎで鼓膜がかゆかった。

そんな感じであっという間の20分、嵐のように3曲(4曲?)やりきってオクタゴン鍵開けの役目をしっかり果たして颯爽とステージを後にする3人を見ながら、俺は「あぁ椎名彩花がカッコ悪くなくて良かった。義理で行くような感じにならなくて済んで良かった」と、高揚よりもある種の安堵につつまれて、みんな無心で楽しんでるフロアの中、雑念まみれな自分に少し後ろめたを感じる次第でありました。仕方ねえだろ!ヲタクも無駄に長くやってると色々あんだよ!!!!

その後の接触ではぱちょとんぱさんに「椎名彩花は君だよ!」とチェキに書かれて軽くエモまったり、隣で接触やってたBiSのヲタクが聞いてもないのに「BiSは列が長くてすみませんね〜」などと絡んできてゲッソリさせられたりと、久しぶりの地下現場を必要以上に堪能してしまい胸焼け。

 
・その他のアイドル
どのアイドルも素晴らしかったんですが、中でも飛びぬけていたのは眉村ちあき。まず声が良い。こぶしを利かせたブルージーなボーカルはジャニス・ジョプリンが健康優良児になった感じ。あとその天真爛漫さというか「産まれっぱなし」感もすごい。昼間のBBQで見たはっちゃん(小2)とどっちが上か悩むレベルで自由。雑食的に引用される古今東西のフレーズのコラージュの文脈の無さは、俺みたいに脳みそが90年代から抜け出せない文脈奴隷にはまぶしすぎて直視できないレベル。楽しい。これからちょくちょく行きたい。はやくビバ・青春・カメ・トマトとスーパーウーマンが生で聞きたい。

オオトリのCY8ERも良かったですね。StereoTokyoとコンセプトが被るところも多いCY8ERですが、初期から現場として気にかかってはいつつも、ステレオ終ったからCY8ERで遊ぶってのに「ステレオを簡単に替えが利く存在として扱ってる」みたいな謎の後ろめたさを感じて、あえて避けてた現場なんですが、椎名彩花さんのコウテカ入りでようやくこれからは素直にYunomiさんの確かな仕事ぶりを楽しめそうです。CY8ERにはStereoTokyoがやり残した分まで楽しいパーティーをブチ上げて欲しい。推しはりなはむです。

あと、ステージ見れてないんですが、カメトレの園田あいかさんは野生のアイドルがそこら中をうろつく会場内でもちょっと浮いてるくらいの顔面偏差値の高さで、ちょっとすれ違っただけで改めてその逸材ぶりに戦慄しました。あれで中身が西園寺系なのも味わい深い。

というわけで、ハピくるもギュウ農フェスも最高でした!全てのアイドルと数少ない良心のあるアイドル運営に感謝!

こんばんわ。椎名彩花です。


近所のブックオフでワンピースを立ち読みで全巻読破してしまい、とうとう人生に行き詰ったので、気分を変えようと思っておばあちゃんの家に遊びにいった。少しゆっくりして自分と向き合おう、自分が本当にやりたいことは何のか(立ち読みではないはずだ)考えようと思ったんだけども、向き合う自分の所在が分からなかったので、しかたなく街を散策した。

長い坂を下ったり、また坂を上ったりして、熱帯魚とか、観賞用の魚をたくさん売っているお店に入って、水槽のあいだの道を行ったり来たりしていたら午後が終わった。水槽が青く光っていてそれ以外のところはぜんぶ暗く見えて、それが好きだった。魚の名前ってなんであんなに難しいんだろうと思う。とうてい覚えられそうもない。

帰り道にお肉屋さんでコロッケを買った。知らない建物の外付けの非常階段を7階分のぼって、おばあちゃんの家から借りてきた古い映画のパンフレットを見ながら、そこでコロッケを食べた。川向こうを電車がまっすぐ走っていって、そのまっすぐさに心を奪われた。コロッケの衣がさくさくと喉に刺さって、東京に帰りたくなった。

この街にはおいしいコロッケと、まっすぐ走る電車、あとむずかしい名前の熱帯魚はあるのだけれど、あるのはだいたいそれで全部。私の心を癒す消費グッズが他には何もない。空気はおいしいけれども、おいしい空気で癒されるような、世界に対して注意力を持っている人は、都会の朝焼けでも癒されただろうし、窓の外に広がる街頭のきらめきや、マンションの外側の階段でともる蛍のような煙草の火でも癒される。そもそも人がそうみな詩人として生きているわけではないでしょうに。

都会がいいな。東京が好き。都会の孤独な人々のための歌をうたいたい。都会人が通夜もせずに直葬されていく時に、棺桶の中に入れて一緒に燃やしてもらえるような作品が作りたい。

コロッケを食べ終わった後も、しばらくそこで夕暮れをバックにまっすぐ走る電車を見ていた。イヤフォンからはK-POPのテックハウスみたいなアイドルソングが流れていた。私には韓国語の歌詞の意味がさっぱり分からないので、映画のパンフレットを歌詞カードだと思い込んで読む遊びをしたら思いのほか面白かったので、一番お気に入りのフレーズをここで紹介したい。

皆が思うほど20世紀は血なまぐさくない。戦争で1億人死んだだけだ。
ロシアの収容所で1000万人、中国の収容所ではおそらく2000万人、合わせてわずか1億3000万人。
16世紀のスペインとポルトガルガス室も爆弾も使わずに1億5000万人の先住民を消滅させた。
1億5000万人をオノで叩き殺したんだ。教会が支援したとはいえよくやるもんだ
北米ではオランダ、イギリス、フランス、アメリカがそれぞれ5000万人の先住民を殺してる。
合計で2億人だ。人類史上最大の殺戮が北米大陸で行われたがホロコースト記念館1つない 

可愛い女の子のボーカルで、弾むようにこんな歌詞が歌われてたら、やれやれ、そりゃぁ好きになっちゃうよ。

こんばんわ。椎名彩花です。


このあいだ突然、やかんの取っ手がとれた。びっくりした。やかんは落下して、熱湯がキッチンに降り注いだ。やかんの取っ手は、ときどきとれる。やかんはおとなしい顔をしてるけどキレたらやばいやつだという事が分かりました。気をつけたほうがいい。本を読みながらコーヒーが飲みたくなった私のために、夜中の三時に突然働かされたことが気に障ったのだろうか。おとなしくエナジードリンクでも飲んでろというんだろうか。私はやかんの言い分にも一理あると思います。エナジードリンクにもカフェインがたくさん入っているからね。ふふふ。あつかったな。
 
今読んでるのは、ウィリアム・バロウズという人が書いた「裸のランチ」という小説。薬物中毒者の悪夢的な妄想が断片的につぎはぎされたお話で、はっきり言って意味不明。なんでこんな本を読んでいるかと言うと、何よりもまっ黄色の装丁がとてもカッコいいし、インターネットでこの小説はアメリカで一番「万引き」される本だって紹介されていて、え?何?っていうかそんなランキングあるの?と興味を引かれたのが大きい。あと、アイドルだった頃、ファンにちょっと猟奇的な小説を読んだ話をしたら「暗くて絶望的になるお話は若くて心が耐えられるうちに見ておいたほうがいい。年をとってくると暗い物語が耐えられなくなって楽しい話、幸福な話しか見たくなくなってくるからね」と言われたのを、この本を手に取った時にふと思い出して、それが最後のひと押しになったからです。万引きはしていません。ちゃんとお金を出して買いました。読んでいるとすぐに眠たくなるのでとても便利です。つらい事があった日などは特に助かっています。副作用もありません。

こんばんは。椎名彩花です。

傘を持っていなかったから、雨が降る前に帰りたいと思って、私は早足で歩いていた。周りはとっても曇り色で、一日歩き通しで疲れていたし、風がちょっと強く吹いてきて、通りにはぜんぜん人がいなくって、壁ばっかり目について、壁も、ユトリロみたいな白色じゃなくて、くすんだ橙だし、なんだかとってもしょげてしまった。そうこうしていると雨が降ってきて、早足にも疲れてしまって、ついに諦めてしまった私は、濡れながら足裏で這ってるみたいにちいさく歩いた。
家に着くとすぐに風呂場にむかった。本当は湯船につかりたいけど、ぬれねずみのままでお湯が溜まるのを待つのもいやで、とりあえずシャワーを浴びた。冷えて固まった体にお湯を浴びせてほぐしながら、お風呂入りたいけど、なんかめんどくさいしやっぱりお湯貯めなくてもいいかなぁ・・・と思案していると、肩のところに新しいホクロを見つけた。「だめね。これは黒死病だわ」と昔見た演劇の台詞を真似すると、急に元気が出て、一人で笑ってしまった。ペストになると皮下出血で全身に黒いあざができる。それでペストの事を黒死病というのだと、何かの本で読んだ。
中世ヨーロッパでペストが大流行した時、入浴の習慣のないヨーロッパ人の間では流行したけど、入浴の習慣を先祖から受け継いできたユダヤ人は中々感染せずに、この事から毒を盛ったと疑われ各地でユダヤ人に対する虐殺が起きた。私は「やっぱりお風呂に入ろう」と思い直して、バスタブにお湯が溜まるまで、部屋でwikipediaの「ペスト」と「コレラ」の項目を熟読しながらおとなしく待った。wikipediaを読みながら鼻歌で「ペスト」という曲を作り、カップリングの「コレラ」の作曲に手をかけようとしたところで自動音声のお姉さんの「お風呂が沸きました」と告げる声が聞こえた。彼女の声はいつも優しい微笑みをたたえている。それで、急にこれまで彼女の声を無視してきた自分の心が卑劣なものに感じられた。たとえば頷くくらいのことができたらよかったのに。変わりなく、心が卑劣だったとしても。

こんばんは。椎名彩花です。


「なんだかデートみたい」と私が言うと「・・・デートじゃ、だめだった?」と彼は言った。私は彼と彼の背後にいる(物理的な背後ではなく観念としての背後です)彼女を見た。彼女は私がアイドルだった時からの友人であり、彼は彼女の恋人で、二人が付き合い始めたのはもう三年も前になるだろうか。彼は誰かの幻想のように洗練されていて、彼を見るたび、ファッション誌の広告写真みたいだと私は思った。商品不在のイメージだけのコマーシャル。とっても空虚でとってもクール。
 
「いいですよデートでも」と私は言い、彼の表情を確認する。ものごとの順調な進行を見守りその順調さに満足している人の顔。ベルトコンベアの動きを確認する工場長。試験管の中身を確認する科学者。彼はあきらかに私を見くびっていて、私が彼の思惑どおりに動くことを当然ととらえているように見えた。私の生活に不足しているものを憶測して、それを与えてやれば私がそれをがつがつ食べてしっぽを振って仰向けに寝るだろうと、そう思っているようだった。
 
私はぼんやりと彼を見て「ステキですね。モテるでしょ」と言う。そんなことないと彼はこたえる。こうして自分から一生懸命アピールしないと誰もこっちを見てくれない。大げさな身振り手振りと芝居がかった表情で彼は言う。「一生懸命アピールすればたいていOKですか」と私は訊く。意地悪だねと彼は言っていかにも愉快そうに笑う。愉快なのだろうと私は思う。愉快な工場長。愉快なベルトコンベアとしてのデート。その上に載っている私。このままいくつかのベルトコンベアを経由し、その過程で加工された私は最終的に誰のための何になるんだろう。
 
「ちょっといい気分にさせて、彼女とうまくいってないって言ったら私が簡単に自分のこと好きになると思ってるんですか?」私は架空のベルトコンベアから飛び降りて、架空の工場の架空の電源を落とした。「私のこと別に好きじゃないのにどうして私と浮気したいんですか?彼女に浮気されてそんなに口惜しかったんですか?腹いせは知らない女じゃだめで、彼女の友だちじゃなくちゃいけない、それくらい口惜しかったんですか?かわいそうですね。同情します」イメージトレーニング通りに噛まずにうまく言えた達成感と、怒りと、ほんの少しのうしろろめたさ。自分の顔が紅潮しているのが分かる。彼はさっきよりずっと愉しそうに笑って、なんだ知ってたのかと言った。浮気されたならともかくしたことまで友だちに話すんだね、そういうタイプじゃないと思ってたんだけど。女の子は怖いね。
 
「彼女の新たな一面が見られてよかったですね」と私が言うと、彼はつくづくと私を見て、それから、いいことを教えてあげよう、と言った。僕は浮気された腹いせに同じことをしてやろうと思ったわけじゃない。あのね彩花ちゃん、世の中の浮気の何割かは、してる側がわざとばらすんだよ。細かなヒントをばらまいて、あやしげな態度で、見つけてもらうのを待っている。された側は疑う、苦しむ、証拠を見つける、のたうちまわる、ためらう、ついに問い詰める。こんなに盛り上がることがあるか。何年も一緒にいたら飽きる、どうしても飽きてしまう、僕らはそれが怖い、相手が飽きているのも自分が飽きているのも知っている、それがとても怖い。「浮気されて、それで盛り上がって、うれしかったんですか?」私は尋ねた。うれしかったよと彼はこたえた。許してくれって泣きつかれてうれしかった、思い出して苦しいのがうれしかった、だってそんな目まぐるしさって、最初のころみたいじゃないか。
 
それを聞いて私は胸焼するような変な感覚に襲われて、ひとことで言うと「もう勘弁してくれ」というような気分でいっぱいになって、そのまま彼とは別れて家に帰った。別れ際、後ろからごめんとかなんとか聞こえてたはずだけど、構ってあげる気分には到底なれなかったので聞こえないふりをした。私は最初、彼は私を暇つぶしのおもちゃにしようとしているのかと思って、それで腹が立って、こらしめてやりたい気持ちだったのだけれど、彼の話を聞いていると怒るとかこらしめるとか、そんな元気は全部気化して消えてしまった。間違っていると思った。体中にやたらめったらチューブを挿されて人工呼吸と点滴と透析で無理やり延命処置を施された瀕死の老人みたいな、そんなグロテスクな恋愛関係は正しくない。
 
私はきっと正しい世界を望んでいるのだと思う。こんな事を考えるのは、私が子供だからなんだろうか。何も考えたくない。亀の甲を撫でて暮らしたい。家に着くとすぐ部屋着に着替えた。亀は甲羅の中に手足を引っ込めて完全に遁世の体だった。裏切られたような気持のままベランダに冷やしてあるエナジードリンクを取りに行くと、藍色からオレンジにグラデーションする夕焼けの空に月がでていた。空に煙るそれは世界の代わりに醜くなるような無血の英雄のようだった。その英雄は最後の晩餐の食卓に降りかかり、繊細な料理をジャンクフードに変えていき、安っぽい私の味覚をうっとりさせてしまう。悲しくなるのは、それらを残らず吐き出すための時間さえまた満足にあるのだろうということだった。私は今や、耐え切りたいのだ。