100年の孤独

I only sleep with people I love, which is why I have insomnia

Closing Ward 1

「ニキビが出来てるね」医者が言った。

誰も気づかなければいいと思っていたのに。
「いじったな」医者はまた言った。
その朝起きたとき、ニキビはちょうど潰したくなるくらいの大きさだった。ニキビは開放されたがっていた。血が出るまで押しつぶして白い小さなドームから開放してあげると、ちょっとした達成感があった。ニキビのために、わたしは出来るだけのことをしてやった。

「自分の体をいじめてたのかな?」医者がたずねて、わたしはうなずいた。うなずかなければずっと続くのだろう。だから、うなずいた。
早く済ませて欲しい。火曜日は特に。そうでなくとも今月は時間が無い。今日は午後一から取材が2本と夜には収録があるから、薬だけもらって、ちょっと遅れるくらいでスタジオに入る予定だったのに。

「自分をいじめている」医者は繰り返した。そして椅子から立ってわたしに近づき、肩に手をやって「僕の目を見て」と言った。
わたしは言われたとおりに医者の顔面とわたしの顔面が平行になるように姿勢を正した。極力嫌な感情が伝わらないように、それでいて作り笑いにならないように気をつけようとしたが、取り越し苦労だった。中年の医者の顔を見ても別段何も思うこともない。
早く済ませて欲しい。火曜日は特に。そうでなくとも今月は時間が無い。今日は午後一から取材が2本と夜には収録があるから、薬だけもらって、ちょっと遅れるくらいでスタジオに入る予定だったのに。

「君は休んだほうがいいな」
わたしは休みたかった。この医者に会うために、わざわざ早起きしてきた。ここは郊外で、渋谷には電車を二つも乗り継がないといけない。
それに相手の意見を否定するのがわずらわしかった。とにかく早く済ませて欲しい。火曜日は特に。そうでなくとも今月は時間が無い。今日は午後一から取材が2本と夜には収録があるから、薬だけもらって、ちょっと遅れるくらいでスタジオに入る予定だったのに。

「そう思わないか?自分には休養が必要だと思うでしょう?」医者は立ったまま言った。
「はい」わたしは答えた。
医者が隣の部屋に行き電話をかけた。看護婦さんが色々と書類を整理して医者に渡すのが見えた。看護婦さんのかぶる帽子はとてもかわいいな。と、わたしは思った。
このあとの十分のことは、後からたびたび思い出すことになった。
最後の十分。わたしはこのまま立ち上がって、さっき入ったドアから出て、電車を二本乗りついで、取材を2本受けて、収録を済ませることもできた。
でも、わたしは疲れていた。とても疲れていて、立つのが億劫だった。

「病室を予約したよ」わたしは怖くなった。
「金曜日に行きます」
「いや、今から行くんだ」そんなの無茶だと思った。
「取材があるんです」
「忘れるんだ」医者は言った。
「君は取材に行かない。病院にいくんだ」
「でも、」
「取材は無い。君はアイドルではない。少し疲れて混乱しているんだ。アスピリンを50錠飲んでここに運び込まれてから、まだ何も食べてないだろう?君は疲れている。少し休めば、徐々に食事ができるようになるし、君みたいに若くて可愛い女の子なら本当のアイドルにだってなれるかもしれないよ。いいかい?今は休むんだ」
医者はなんだか勝ち誇っているように見えた。