100年の孤独

I only sleep with people I love, which is why I have insomnia

怪談


暗闇から現れたその女は、あたかも夜から産まれたようだった。嘘かまことか女は自らを西脇と名乗った。その名前は誰もが幼いころ寝物語に聞いた、この世ならざる存在のそれだった。
「なんだか私の人生みたいな雨ね」
そう言う西脇に、私は持っていた傘を傾けて右半分を空け、中に入るように促した。西脇とわたしは並んで土手の上にたたずんだ。強くなる雨足がだんだんと世界から現実感を奪っていく。

土手から見える川原には櫓が組まれている。櫓の周りには提灯の灯りが虚ろにともり、その下では何人かの老人が盆踊りを踊っている。年に一度の祭りを中止するのがそんなにいやなのか、大雨の中を浴衣姿の中年女たちは踊り、男たちは単調な太鼓の音を出し続ける。子供などはひとりもおらず、雷がもうずっと鳴っている。

子供の頃、ベランダから見える近所の神社の祭りに親と出かけた。
こじんまりとはしていたが出店などが並んだ楽しそうな雰囲気に心が踊ったのだが、境内に入ろうすると男が詰め寄って来た。あんたらどこの人だ。母がそこの団地よと答えると団地の人は出て行ってくれと一喝した。男はわたしたちを遮るよう背を向けて、私はうすら恐ろしい気持ちになった。祭りを見かけるとそのことを思い出す。祭りは迂闊に立ち入れない閉鎖的なものだという思いが染み付いている。四季など無いにこしたことはない。
気がつくと西脇は消えていた。わたしはもっと雨が激しくなればいいと思っていた。