100年の孤独

I only sleep with people I love, which is why I have insomnia

こんばんわ。椎名彩花です。

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先輩と夜まで遊んで、タクシーで帰る先輩と別れて一人になった後、駅のホームで黄色いデコボコの数を数えてたら、しばらくしてそこにたぶん最終電車がやってきた。それは超満員だったので、乗れなくはなかったけれど、なんだかぼんやりした気持ちだったから、いいやと思って電車のドアが私を置いてしまっちゃうのを辛抱強く待った。電車が行ってしまったあとで、あららと思って駅を出た。
久しぶりに降りる、光の少ない駅だった。ファストフード店の窓だけがぴかぴかと光っていた。あそこで眠ってしまおうと思ったけど、その駅にひとり知っている人がいるのを思い出した。時計を見たら一時をすこし回っていて、十歩分くらい迷ったけど、電話をかけて、もしもし、おひさしぶりです、今駅にいるんですけれど、コーヒーとか飲みません、って言った。十五分待ってて、と電話の向こうのひとがいった。

 

もうバスが来ないバス停で本を読んで待っていたらそのひとが来た。「ホントに来た」って言って笑ったら、真夜中に社会人を呼び出す無職っていうのはね、サイテーの生き物だよ、って言われた。「お金持ちなのに仕事も休めないんですか?」って言って、ごめんなさいって笑った。
おじさんの家は駅前のマンションで、部屋の鍵を寄越しながら、中で座ってて、冷蔵庫ビールしかないから。なんか買ってくる、と言った。部屋でソファーに寝そべりながら、本を読んで待っていたらしばらくしておじさんがコーヒーとチョコレートをコンビニの袋に詰めて到着した。元気にしてんのかと訊かれて、バイトまた辞めたと言ったら、めちゃくちゃ悪い顔で笑ったからつられて私も笑ってしまった。

 

コーヒーでいい?ってきかれてわざとらしく頬をふくらませて「やだ」って答えるとおじさんは私にお土産でもらったっていう外国の紅茶を淹れてくれた。自分はコーヒーを飲んでいた。紅茶は暖かくて、なんだか柑橘系の可愛らしい香りがした。部屋の真ん中にあるバウハウスっぽいテーブルの上に置きっぱなしだった雑誌があったから手に取ってパラパラめくりながら紅茶を飲んでいると、おじさんが部屋に音楽をつけてくれた。マレイ・ペライアのベートーベン、それが終わったらカザルスの無伴奏チェロだった。

 

「なんで私に優しくするんですか?」って聞いて見たら、おじさんは少しだけ考えるような仕草をした後で、ひとに優しくしたかった。ひとに優しくするというのは、つまり、例えばポストのように、コンクリートに足を溶かして、黙ってだれかを待ったりすることとか、駅のホームのイスで泣いている女の子から、離れて座って、ずっと逆側のホームを見つめ続けることとか、ひとに優しくしたいからという理由なんかで、ひとに話しかけないことかと、おもってるんだ。手探りで言葉をさがすみたいな口ぶりで私にそう言ってから、おじさんは私から目をそらして、だから君に「優しくして」って言われてうれしかった、って言った。
「良くわからないですね」って言ったら、そうだねって笑った。そのあと最近見て良かったライブの話とかをした。舐達麻のライブで最後にバダサイクッシュが「アートをやれ」って言ってた事とかを話した。

 

猫みたいにソファーにねっころがっていたら猫にするみたいな優しさで毛布を掛けてくれた。「まだ寝ませんよ」と言ったら、不謹慎な言葉でしりとりをしようと言い出したのでその懐かしいゲームをした。三回目の「う」で私が思いつかなくて「うー、うー、」と言っていたら寝息が聞こえておじさんは座ったまま寝ていた。ほんとに悪いことしたなと思った。いつも、思うには思っているんだよな、とまたひとりで思った。窓をばちばち雨が叩く音がした。午後から撮影だから、帰らなきゃならないなと思って、時計を見たらもう電車は動いていた。おじさんに毛布をかけて、机においてあった焦げ茶色のメモ帳にさがさないでくださいと書いてから、あくびをして家を出た。ひどい雨だった。私の鼻先で夜を縫っていた針がぱきんと折れて、糸は散々ちぎれた。暴風は暴風なりに朝の眩しさだった。駅まで歩く凍える寒さに、室内には暖房が入っていた事に気づいた。雨も降っていなかった。