100年の孤独

I only sleep with people I love, which is why I have insomnia

こんばんわ。椎名彩花です。

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信じる事から宗教が始まり、疑う事から哲学が生まれた。それなのに、信じても報われず、いつも疑っては裏切られた気分でいっぱいになる私から、一向に価値ある何かが生まれる気配がないのはなんという不公平でしょう。つり合いと言うものが、あるでしょうに。

それで世を儚んだ私はどぼんとベッドに身投げして、何語でもないでたらめな歌を口ずさみながら、仰向けに見上げる水槽で亀がキャベツを咀嚼するのをただ眺めた。どこからか聞こえるたどたどしいピアノの演奏。それに合わせて怨嗟のうめき声を上げる私。

 ピアノとはバスドラのキックで叩くアコギ
俯瞰された88の死、押し倒され内臓のはみ出たクラリネット
ピアノ・コンサートに出かけるのは殺されに行くということ

 しかしいくら世界を呪っても気が晴れるはずもなく、しばらくして演奏が止むのを合図に「これではいけない」と重い体を無理やり起こして気晴らしに部屋の掃除を始めた。

 

部屋を片付けていたらトランプが出てきたので、そのままひとりで神経衰弱をすることにした。記憶力を競うゲームをなんで「神経衰弱」なんて名前にしたのかしら。トランプをめくりながら「今日は部屋で神経衰弱してた」と後で日記に書くのだろうという事に気づき、なんだかとんでもない自傷行為に耽っているような気がしてきて少し笑ってしまった。不健康きわまりない言葉の響きにはなんだかほの暗いユーモアがある。そうやって部屋で一人でにやにやしながらカードをめくっていると、本当にどんどん神経が衰弱していくのが分かった。それで、またまた「これではいかん」と片づけを中断して着の身着のまま外に出た。がちゃんと重い音を立てて閉まったドアに体重を預けて、後ろ向きのまま鍵穴にカギを挿して、帰ってきたとき部屋が片付いてたらなあと思いながら鍵をまわした。

 

外に出ると午前中の雨はすっかり止んでいてゆるやかな日差しがとても気持ちいい。まぶしいのは好きじゃないけれど、暖かいのは好き。きっと前世は夜行性の変温動物だったのね。だからできるだけ日なたを選んで駅の方に歩いた。途中のコンビニで電気代の支払いを済ませて、本屋さんでしばらく立ち読みをしてから、駅前のスーパーで豆乳を買って、少し遠回りして大きな噴水のある公園を通ってまた家に戻るそのあいだ、どうにかしてもう家に帰らないですむ方法を考えてた。私は片付けするのに向いていないんだよってぶつぶつ思って、どうにかして家に帰るのを遅らせようと思って公園をぐるぐる二回周ったけれども、なんにも面白いもの落ちていない。行き倒れている人も、野生のポケモンも、ホッケーマスクをかぶった通り魔もいない。だからもう帰るしかなくなって、家に戻った。

 

鍵穴に鍵をさしこんでくるんてまわす瞬間に、私が出かけているあいだに爆発が起きて部屋が吹き飛んでいればいいのにって思った。テロリストが、隣の部屋と間違えて、とか色々あるでしょ。

 部屋に入ると開けっ放しの窓から風がびょおびょお入っていてトランプがあたりに散っていて目も当てられない惨状で、しかも無事だった。
あーあーと思った。これが絶望か。と思った。しかたがないのでタピオカの偽物が入ったアイスを冷凍庫からとってきて、ベランダに足だけ出してそれを齧った。風がびょおびょお吹いてたからアイスがだぶだぶ溶けた。すぐに食べ終えてしまい散らばった部屋と向き合う。風に飛ばされたトランプの一枚は亀の甲に乗っかっていた。私の背後、ベランダの外からは遠く橋を渡る電車の音が聞こえた。カラスたちが太陽に向かってばさばさ飛んでいくと、死んだうさぎみたいな温度で私の感情がことこと揺れた。それと同時に夕陽の一番暗いところがゆっくり部屋に滲んでいって、私の内臓はぜんぶ血色のかさぶたで覆われた。

 指の間に数枚のトランプを弱々しく挟んだまま、ベッドにくずれ込んだ私は、標本の虫みたいに夕陽でここに縫いとめられたかった。そしてそのあとで私の上に、私を許さないあらゆるものが、燦燦と降り注げばよかった。

遠くに見える橋の上を電車は今日もほしいままの速さで走る。望みさえすれば、それは私をここからもすんなり連れ出してくれたのだろうという事が、私の最後の希望だった。