100年の孤独

I only sleep with people I love, which is why I have insomnia

夏休みの宿題

セフレのような関係の元同僚がいて、今年のお盆は久しぶりに帰省するという。

彼女の実家は結構な田舎で、裏山にはボロボロに朽ち果てた神社があったそうだ。
山の中腹にふと現れる石畳の一角、長い間手入れもされず放置されたその空間は地元の子供たちの格好の遊び場だった。村の大人は口を揃えて「椎名様には近づいちゃいけね」と言うが、子供たちにとってそんな言葉は何の効果もなかった。

 
夏休みで浮かれた子供たちはその日もまたみんなで境内に集まって「だるまさんが転んだ」「鬼ごっこ」「かくれんぼ」をして遊んでいた。
その日は何故か今までにないほど夢中で遊んでいるうちに夕方になってしまった。遠く西の空に沈みかけたお日様を見てやっと我に返った彼女は、隠れるのを止めて「もう帰んなきゃ怒られる」とよじ登った木の上からみんなに声をかけた。
その声をきいて一気に我に返ったみんなもわらわらと四方から出てきて「帰ろ帰ろ」となったが、一番の仲良しだった彩花ちゃんの姿が見当たらない。みんなで大声で「かくれんぼ終わりだ!もう帰るぞー」と呼びかけながらしばらく境内の一帯を探して回るが彩花ちゃんは一向に姿を見せない。そうこうするうちに日が沈んでいき本格的に夜になるのが目前となってきたころ、誰かが「これいねえよ。もう先に帰ったんじゃね?」と言った。正直な所早く帰りたい気持ちでいっぱいだったみんなは、不安な気持ちを押し殺してそうに違いないと思い込むことにして各々の家路についた。

 

しかし彩花ちゃんは帰っていなかった。
夜の7時が過ぎて村の各家庭に電話が回ってきた。彩花ちゃんがどこにもいない事が分かると大人たちは捜索隊を組んで彩花ちゃんを探しに学校の周辺、田んぼ、河原など方々を探し回った。
「彩花ちゃんはやっぱり帰ってなかった。まだ境内で隠れてるんだ」自分たちが彩花ちゃんを見捨てたせいで大事になってしまったという罪悪感からいてもたってもいられなくなった彼女は、懐中電灯を片手に一人、椎名様に向かった。
真っ暗な夜の境内を彩花ちゃんの名前を叫びながら進んでいくと、本堂まで来たところで本堂の扉が少し開いている事に気づいた。懐中電灯を向けるとわずかに空いた隙間から彩花ちゃんの顔が見えた。
「彩花ちゃん!」そう叫ぶと同時に本堂の扉が閉まった。駆け寄って扉を開けようとするが鍵がかかっていてどうしても開かない。しばらく悪戦苦闘するがどうしようもなくなって大人を呼びに山を下りた。

 

恐怖と不安で山を下りた彼女が最初に出くわした大人は、彼女を探すお母さんだった。彼女はお母さんに飛びついて泣きながら一部始終を話した。お母さんがポケベルで他の大人たちに連絡を入れると、程なくして大人たちが集まってきて、そのまま全員で境内に向かった。
境内に着き、一番奥にある本堂を指さして「あそこに彩花ちゃんがいたけど、私が見つけたら鍵をかけて閉じこもっちゃっていくら呼んでも開けてくれなかった」と説明する彼女の言葉を聞いた村の男が扉に手をかけると、勢い良く音を立てて扉が開いた。「鍵などかかとらんぞ」そう言って懐中電灯で本堂を照らすが、果たしてそこに彩花ちゃんの姿は無かった。何もない本堂の床には埃が積もっていたが、そこに点々と子供の靴跡が付いていたのが見えた。
ここにはいたが今はもういないという事になり、大人たちの手により徹底的に境内の周辺が捜索されたが彩花ちゃんは見つからなかった。彩花ちゃんが消えてから一週間が経つと、捜索が打ち切られ、お葬式が行われた。

 
それ以来、村の子供たちが椎名様で遊ぶことは無くなった。が、ときおり彼女は一人で椎名様に行ってみたことがあったという。そしてその度に彩花ちゃんに出会ったそうだ。本堂の扉の上の格子の隙間からこちらを見ていたり、水場の石燈籠の向こうからこちらを覗いていたりした。しかしもう彼女は彩花ちゃんに声を掛けたり近づいたりすることはしなかった。曰く彩花ちゃんはもう彩花ちゃんじゃなくなっていたということだった。年も取らないし、眼は白濁としていて光を失っているのが分かるそうだ。

 

それでも彼女は帰省するたびに椎名様に足を運ぶ。コロナの影響でここ数年帰省していなかった彼女は、今年は実家に帰るという。戻ってこなかったらごめんね。そう笑う彼女に、なんで椎名様に行くの?と尋ねると彼女は教えてくれた。

「ホントはね、あの日の夜、本堂で彩花ちゃんを見つけた時、わたし、扉を開けようとなんかしなかったの。あの時、彩花ちゃんの口が『助けて』って動いていた気がして、それで怖くなって、咄嗟に逃げ出したの」

後ろ向きにベッドの上でうつむきながら爪を塗る彼女の動きが止まった。しばらくして消え入るような声で「ごめんなさい」と漏らした彼女の肩が震えているのが分かった。