100年の孤独

I only sleep with people I love, which is why I have insomnia

夏休みの宿題

1年程前に夫の仕事の都合でとある県に引っ越しました。5歳の娘が庭で遊べるようにと、少し背伸びして一軒家を借りました。
隣には50代の女性が住んでいて、すぐに仲良くなりました。旦那さんを亡くして子供もいないというそのお隣さんは、偶然、うちの娘と名前の読みが一緒で、折り紙や竹トンボみたいなおもちゃや、ブルボンの少し懐かしい感じのお菓子をよくくれたりと、娘のことをとても可愛がってくれました。昨日、買い物から帰ってくるとき、そのお隣さんがうちの家に向かっているのが見えました。 

 

手には棒キャンディーを持っており、庭先で遊んでいる娘にあげようとしてくれてるんだなと思いました。すると、庭先に入る前、娘から死角の位置で立ち止まりました。「どうしたのかな?」と思ったら、おもむろにキャンディーを袋から取り出し、ベロベロ舐め、袋に戻しました。一瞬、何が起きたか分からず、声をかけるのを躊躇していたら、おばさんが「彩花ちゃん、飴食べん?」と言って、先ほど舐め回したキャンディーを娘に突き出しました。とっさに「食べちゃダメ!」と叫んだら、おばさんがゆっくりこっちを振り向いて、「いつから知ってたの」と無表情でつぶやきました。こちらが心臓バクバクで言葉に詰まると、無言で家に帰って行きました。

 

何も知らずにお菓子をもらえなかったと駄々をこねる娘にどう説明すればいいのか分からず怒鳴りつけてしまい、泣き出す娘に謝りながら、恐怖と、気持ち悪さと、通報するべきか、でも慣れない田舎のご近所付き合いの中でことを荒立てていいものか・・・どうすればいいのか分からず、頼りの夫も出張中でしばらく戻らないため、あまりの心細さに我慢できずに年甲斐もなく泣きじゃくってしまい、日が暮れるまでえづきながら普段しないような手の込んだ掃除をして気を紛らわせました。

 

夜になって、隣のおばさんが謝罪に来ました。キャンディーの件は、古かったので味が悪くなってないか確めたとのこと。言い訳としてはかなり苦しいですが「衛生的に良くないので今後やめてください」と言い、その場は許しました。怖かったのが、おばさんが会話の最中に何度もせき払いをしてたので「具合悪いんですか?」と聞いたら、急に無表情になり「具合悪いんですか?」オウム返しされました。「明日の支度があるのでこれで」と帰ってもらいましたが、とても怖かったです。

 

翌日の朝、娘を幼稚園に送るため恐る恐る外に出ると隣のおばさんが、見計らったように和室のふすまを開けてこっちを見ながら何度もせき払いをしました。顔は例によって無表情です。私は小走りでその場を離れました。娘を幼稚園に送った後、私はそのままパート先へ向かいました。パートが終わり、幼稚園に娘を迎えに行き、帰りに近所のスーパーに寄ると、店内でお隣のおばさんに遭遇しました。一瞬、ストーカーかとあせりました。(このスーパーでは以前からおばさんと出会うことも多く、偶然だと思いますが)
「あら椎名さん」とおばさんは気さくに声をかけ、今日は惣菜が特売だとか普通の世間話をしてきました。この時のおばさんは全く妙な様子はありませんでしたが、昨日からの行動に私は苦笑いしかできず「お先に失礼します」と急いでスーパーを後にしました。別れぎわにおばさんは「なんか椎名さん今日は上の空な感じだけど、悩みがあれば相談乗るよ」とはげましてくれました。主な原因はあんただよ・・・

 
自宅への帰路で何度か後ろを振り返りましたが、尾行はされていませんでした。自宅の鍵を開ける時、ふと、留守中のおばさんの家を眺めながら「身寄りがないから、私が病院に連れて行ってあげた方がいいのかな・・・」とボーっと考えていたその瞬間、スッとおばさんの家のふすまが開きました。おばさんです。またこっちを見てせき払いをしました。私はおもわず悲鳴をあげ、急いで自宅に入り鍵を締めました。なんで私達より速く家に戻っているか分からずパニックになりました。私たちはスーパーから自宅への最短ルートを通って帰ってきました。私達に見られずに先回りをするには、道路を使わずに他人の家の塀をよじ登り敷地を突っ切ってスーパーから一直線に移動でもしない限り無理なはずです。何が起きているのか理解できず、その日も泣きながら料理をし、そんな私を見て「どうしたの?泣かないで」という娘を抱きしめて「ごめんね。何も心配ないからね」と励ましましたが、内心はもう私の精神は限界でした。

 

そして昨夜、私が就寝しようとしたら、外からおばさんのせき払いが聞こえてきました。怖くて外を見ることができませんでしたが、おそらくふすまを開けてわざと私に聞こえるようにしていたのだと思います。1時間おきにそのせき払いは聞こえ、朝の5時まで続きました。一睡もできませんでした。4時頃のせき払いのときだけ「椎名さん聞こえてるの?」と私の名を呼ばれました。私は物音を立てないよう息を潜め、7時頃トイレに行き、出張先の夫に電話しました。明後日の夜には仕事を切り上げ、帰って来てくれるようになりました。今朝、家を出るときは、おばさんを見ることはありませんでした。

 

正直、思い当たる確執があまりないんです。ご近所さんの中では一番仲が良いと思ってました。一度だけ娘が水遊びをしているときに、おばさんの服に大量の水を浴びせてしまったことはありました。その時は、「ただの水だから気にせんでいいよ」とこころよく許してくれました。一応、後日夫とお詫びに菓子折を持って行きました。その際に家に上げられ、逆にお茶を頂きました。

 

さっきトイレでパンツを下ろしたら、外から「その尻か!」と大声で叫ばれました。「やめろ!」と叫んだらせき払いが聞こえなくなりました。最悪・・・

急いで夫に電話して、キチガイババアのトイレの盗撮と娘への洗脳について話しました。今日は帰って来るはずだったのに帰れないと言い出しました。キチガイババアが帰って来させないようにおどしたのでしょうか?ってか、どうやって夫の携帯番号を入手したのかが不思議でなりません。キチガイババアには私の番号しか教えていないはずです。本当に怖すぎます。夫には咳払いや暴言をスマホのレコーダーで録音して警察に連絡するよういわれましたが、どういう仕組みなのかキチガイババアのせき払いは入っておらず、録音されるているのは私の声だけでした。こうしている間にもせき払いは延々と続いています。どんどん音が大きくなっています。スマホのレコーダーには録音されません。

 

さっき魚をさばいていたら、キチガイババアに何度も「ヘタクソ!!」と外から言われました。レコーダーを録音開始しようとした瞬間に黙りこみました。もう我慢できないので怒鳴り込みに行きます。娘に何かあってからではいけないと思うと、今は怖さより怒りの方が強いです。念のため護身用に包丁を持って行きます。

こんばんわ。椎名彩花です。

だいたい二週に一度のペースで図書館に行っている。むつかしい本を読むと眠くなるから、睡眠薬代わりにちょうどいいのです。
時おり、借りた本が思いのほか面白くて眠くならなかった時などは、これは当たりなのか?それともハズレなのかどっちなのだろう?という不思議なこころもちになる。

 

魯迅の「藤野先生」を読んだ。別れの際、藤野先生から便りをくれと頼まれたのに、なんとなく手紙を出しづらく、時間がたつと今更という気も起きて連絡せずじまいとなる魯迅を見て、彼ほどの人物でもそうなのだから、わたしがなんとなくで返信を怠るのも、それはしごく当然なことで仕方がないことなのね・・・と、強い味方を得たこころもちになった。


それでやっと返事をださないままにすておいてしまった古い手紙と向き合う勇気が出た。年末の大掃除の時に発掘されて、そのままわざと忘れたふりをしていた手紙。日焼けした紙からは少しほこりっぽい匂いがする。昨日はベッドに寝転がって手紙を読みながら午後の陽だまりを溶かした。

 

手紙を読みながら、親密さについて考えていた。たとえば恋愛が厄介だなと思うのは、同じ思い出を共有することに重点がおかれちだったりすることで、それは記念日だったりクリスマスだったりが何か特別な価値をもつみたいなことによく表れていると思う。そして結婚や出産に幸せの形を代表させている大きな流れみたいなものも、全部その延長線にあるような気がしている。でも、親密であるということを同じ思い出の共有だとしてしまうと、その親密さはいつの間にか個人的なことから離れて、社会のなかでしか価値をもてなくなってしまう。そこに一抹の不安を感じてしまうのです。まぁ、かといって駆け落ちして誰も知らないところへ、みたいなのも違うし。結局親密さというのは、自分が忘れている自分のことを相手が覚えていて、相手が忘れている相手のことを自分が覚えていて、その思い出のすれ違いの積み重ねなんじゃないかなと思う。自分がすっかり忘れていたことを言われると、何か自分の存在が分け持たれているような感じがするのです。

 

アイドルだった頃にファンの人とどんな会話をしたか思い出そうとすると、断片的な言葉はいくつか覚えていてもその人との会話は覚えていないことにうっすらと罪悪感を感じる。そして同時にファンの人は私の言葉ではなく私との会話を覚えているのではないかと思いもする。人を理解していない場合はその人の言葉だけが記憶に残り、人を理解している場合はその人との会話が記憶に残る、という話を聞いたことがある。今となっては確かめるすべはないし、確かめられたとしてそれでどうするべきなのか。まぁ、どうもしないのだけども。

 

そんなせんのない事を考えながら手紙を読んでいるうちにストンと寝てしまって、気が付くと夜だった。自罰的なこころもちでベランダに出ると冬の夜風に肌がピンと張り詰めた。こんな冷たい信号機に額をこすりつけるような新月の夜には発砲がしたいし、誰かの発砲に死にたい。なにがどこまで嘘だって、死んだふりくらいしていたい。ファァン・・・という遠くを走る電車の気の抜けた音が何かを語り掛けるように藍色の空に響いた。そこに愛の言葉はあっただろう。凍えた街で突然に信じるような慰めの言葉。一回、二回、大きく胸を反って肺に空気を送る。それだけですっかりわたしは気をとりなおし、ほとんど陽気にさえなった。悲しみに飽きたものが、ほとんど陽気になるように。

こんばんわ。椎名彩花です。

美容室で髪を洗ってもらう時、目に濡れたタオル乗せられると、いつもwikipediaの「鯉」の項目の「さばくときは濡れた布巾等で目を塞ぐとおとなしくなる。」という一節を思い出す。

 

先輩に作り過ぎたおせちをおすそ分けしてもらった。先輩、おせちとか作るんですね・・・って言ったら「イベントごとは大事にする主義なの」って言うから笑ってしまった。イベントごとを大切にするひとはおせちを三が日に食べるんですよ、って言葉は飲み込んだんだけど、どうも顔に出ていたみたいで「まだ旧正月があるじゃない」って言い返された。そういうことじゃあないでしょうに。それで二人でおせちと名付けられた一口ハンバーグやたこさんウインナーをつまみながら録画したお笑いの番組を観た。

 

優勝が決まる瞬間までとっておいた最後の栗きんとんを名残り惜しそうに食べ終えた先輩は、テレビを消すといつもの唐突さで「新年らしいことをしたい」というので書初めをすることになったのだけども、わたしの部屋には筆も墨も、紙さえもなかったので、結露した窓に二人向かって指で新年の抱負を書いた。

窓ガラスに触れた瞬間、指先から体温を奪われる心地よさに息が漏れた。窓に映った自分と目が合って敬虔なきもちになって気が遠くなる。だって、窓ガラスに映った自分の顔の上に新年の抱負を書くのはなにか神聖な儀式のような気がしたから。それで「髪を切る」と書こうとしたんだけど「髪」の字が細かすぎて指でうまく書けないでいるわたしを置いてけぼりにして、先輩はどんどん書いていくもんだから、そんなに大きくない窓はすぐにパンパンになってしまった。そんなにあふれるほど新年の抱負が湧き出るなんてことあるのだろうかと思ったけど、それと同時に、きっとこの人にはあるのだろうという気もしていた。

 

先輩の新年の抱負でいっぱいになった窓を前にして、どれか一つに絞らないとだめですよと言うと、先輩は渋い顔をしながら「海外に行く」「鯉こくを食べる」と次々に端から指でバツをつけて消していき(私の「髪を切る」も消された)最後に残ったのは「就職する」だった。先輩、また会社辞めたんですか?って言ったら「コクトーに影響されたの」って言われて意味が分からなかった。『学校には死刑という刑罰はないので、ダルジュロスは放校処分になった』っていう一文にしびれたと言っていてたけど、よくよく聞いてみると無断欠勤が積み重なった結果の契約満了という事だった。
これ以上なく自業自得で笑ってしまったけども、やさしいわたしは泣きまねをする先輩の頭を抱えて、お母さんが子供にするみたいなやさしさで「鯉こく食べにいきましょ」と言って頭をなでた。

 

こんばんわ。椎名彩花です。

実家に帰って部屋の荷物を整理していたら、小学生の頃の夏休みの自由研究のレポートが発掘された。

 

小学生の頃、夏休みになると毎年おばあちゃんの田舎に泊まりに行くのが恒例だった。おばあちゃんの家の裏には大きな山ときれいな川があって開放的な自然がとても素敵なんだけど、それ以外は本当に何もないところだった。毎年だいたい二週間くらい泊まっていくんだけど、二、三日もすると川遊びも虫取りも飽きてしまう。そうすると近所の1歳上の子につれられて焼き場へ遊びによく行った。遺体が燃えているのを見るために。

 

ある日、そこのオバさんが棺桶の周囲にどっさりと太い薪を山積みにしていて、釜に火を付ける光景を見た。焼き場の入り口へ入ってぐるっと廻り進むと、焼き釜の裏側に出る。高さ1.5メートルほどの釜裏の側面には、直径10センチの穴が開いている。これは燃えている途中で、細い鉄の棒の先に付いているカギで開けて、中の燃え具合を見るための穴。

夏休みになると毎年のぞきに行っていたので、いつの頃からかオバさんとわたしたちは顔見知りになっていた。オバさんは無言で、わたしたちがしっかり見れるように、途中で穴のフタを開けてくれた。ある時など、遺体の遺族もまだチラホラいたけども、何を思ったのかフタを開けたままにしてくれた。中の黄色の炎がよく見えたのを覚えている。そのうち急に遺体が起き上がったので驚いた。目から水分を泡状に出しながら動いていた。泡の涙を流すそれは火鉢で焼いた時のスルメイカがクイっと曲がるのを連想させた。

その様子をオバさんに話すとオバさんは「なるたけ、あちこちへ動かないように、薪を燻べるのや、そこが腕でな」と言った。成る程なと感心し、夏休みの自由研究のテーマが決まった。

 

後日、もっと人間のスルメを見ておこうとまた行った時、おばさんが、焼き釜の入り口辺りで何かを焼いていた。

何を焼いているのかなあ、と二人で近づいて見ても、火焼きの正体がサッパリ分からない。
するとオバさんが「これはな、早産で死んだ赤ちゃんだよ・・・正式に焼いては高くつくからね、内緒で頼まれてな」と、辛そうに言って、釜から30メートルほど離れた自宅に入って行った。

二人でジックリ見ると、炭のようになっていて顔は判然とはしなかったが、確かに赤ちゃんらしい、小さな物体があった。大人のスルメと赤ちゃんのスルメは全然燃え方がちがっていた。わたしたちはしばらくその場から動けず、汗もふかずに息をのんで釜の窓を覗いていた。

スルメが真っ黒に焼け落ちたころには日はもう傾きかけていていた。わたしたちが立ち上がると、オバさんの飼い犬が構ってほしくて「ワンワン!」と鳴いていたけど、その前を、何かイケナイものを見た思いで静かに去って家路に向かった。

 

夏休みの宿題は「いろいろなスルメの焼き方」として発表した。
「資料の写真があるともっと良い発表になったね」と先生がアドバイスをくれたのを覚えている。

 

こんばんわ。椎名彩花です。


夏が来た。毎日暑い。先週はライブをやったり(来てくれた人はありがとうございます)たくさんがんばったから、ここ数日は自分を甘やかすターンにして、家で漫画ばかり読んですごしていた。今日はにゃん氏からずいぶん前にまとめて借りていたチェンソーマンの単行本を早く返せと連絡が来て、慌てて一気読みした。面白くってびっくり。もっと早く読めばよかったよ。好きなキャラはマキマさんです。マキマさんを見るとおじいちゃんを思い出す。

 

私がまだ小さいころ(小学校に入る前)おじいちゃんは死んだ。その時わたしはまだ死というものがよく理解できていなくて、両親が変な服(喪服)を来て泣いてばかりいるのが不思議だった。おじいちゃんは箱に入れられて、変な服(白装束)を着せられていた。

出棺後、車の中で「これからどこへ行くの?」と聞くわたしに、お母さんは「おじいちゃんを焼きに行くのよ」と言ったのをよく覚えている。わたしはそのあまりの恐ろしさに泣いてしまい、そのままお母さんに抱きついてその膝に顔をうずめていると、いつの間にか寝てしまった。

目が覚めるとすべてが終わっていて、わたしは自宅の布団にいた。起きて居間にいくと両親は普段通りの姿で、お母さんは夕食の準備をしていた。 豚の生姜焼きだった(おじいちゃんが生前好物だったらしい)。 準備が整って、いざ食べようとしたとき、お父さんがおじいちゃんを思い出したのか「お父さん・・・」と言って泣き出した。わたしは、車の中での話と合わせて、これはおじいちゃんを焼いた肉なんだと思った。どうすればいいのか分からずしばらくおろおろしていたんだけど、そのうち両親が食べ始めたのでギョっとした。わたしも食べた。美味しかった。わたしが「おじいちゃんおいしいね」と言うと、お母さんが「彩花、おじいちゃんが見えるの?」と驚いた。わたしは目の前の肉と両親の顔を交互に見比べて「うん、前にいるよ」と言った。 その答えに両親が再び激しく泣き出したので、これは間違いなくおじいちゃんの肉なんだなと、わたしは確信したのでした。

 

 

こんばんわ。椎名彩花です。

待つというのは時計になるということだ。
時計になって穿たれた日々に雨が舞っている。風が道に落ちた紙切れを「拾おうとして要らないものだと気づいて捨てる」をくりかえしている。あの紙切れは私だと思った。風には無数の手があるわけではないので、拾う手は捨てる手だし、さしだす手は振り払う手だ。本当にあの紙切れは私そのものだな、とまた思った。風の手に押されたり引かれたりして私は自由に、理由なく、埃のように右往左往した。いや違うか。自由とは理由がないことではないでしょう。自由とはむしろ無数の理由があることなのかもしれない。

年末に久しぶりにライブに出た。自分でもびっくりするくらい緊張した(そして歌詞を少し飛ばした)アイドルを止めた私がもう一度人前で歌うというのはそれこそ「無数の理由」があるのだけれど、まぁとにかく出て良かった。うそ。緊張しすぎてあぁもうこんな思いをするなら出なきゃよかったとすら思った。でもホントに無事に終わってよかったよ。イベントの主催者が昔アイドルをやっていた時のメンバーなんだけど、緊張して青ざめた私を見て笑うのを必死でこらえていて恨めしかった。許してほしい。新しいことを始めたりするのが苦手なんだよ。私は。

  

ずいぶん前に図書館で睡眠薬代わりの本を探している時に手に取った本。怪獣みたいな名前の作者が書いた、ひどく回りくどい言い回しばかりの本。そこには「出発することは、生まれること死ぬことと同じように単純になる」と書いてあって、その時は言っていることが全然わからなかったんだけど、なぜか未だにそのフレーズを覚えている。

出発するというのは新しい事を始めるという事だろう。そしてそれは生まれ変わることの、つまり死ぬことの100倍希釈だと思う。
思えばかつても今も、バス停に立っても駅のホームに立っても、どこかへ行くことはできても出発するというのはいつも困難だった。
いま列車が出ようとするプラットホームを思い浮かべようとすると私にはふたつの駅しかないことに気づく。そしてそれは記憶の中で入り混じってどっちがどっちだったのかすでに私にはわからない。かつて私はその駅で誰かを見送った。いや、見送ったのか見送られたのかもわからない。ただ見送る人を愛していた。旅立つ人を愛していた。そんな感覚が胸に残っている。
見送る私は、そして見送られる私はただ悲しかった。でも悲しみは問題じゃない。だってホントは悲しくはなくて寂しいだけだから。そして寂しさも問題じゃあない。なぜならただ寂しいだけだから。

  

私は自由に、理由なく、埃のように右往左往してきた。だから埃のように移動して偶然わたしの近くに至ったひとを大切にしなければならない。そして埃のように移動して去ってしまった後も、そのひとの何かを留めていたい。それは言葉か。それは香りか。それは思い出か。私たちはもはやすれ違うことさえ許されない。古い手紙に書かれた、触れる前に消えてしまう雪のような言葉が胸の奥の方に突き刺さる。切り裂かれた傷からあふれるのは思い出。どこへ消えるか教えようともせず消えてしまうもの。

こんばんは。椎名彩花です。

高い丘の上、海が見える路地裏の階段を、ぺたんぺたんとわざとだらしない足取りで降りていく。あてもなくただ陽射しを避けながら日陰をたどって歩くのは、なんだか私の人生のようだなと思った。遠く向こう側、島と陸を渡す橋を自転車が走っている。夏の夕方、自転車に乗ること以上に素晴らしいことが世の中にいくつあるのだろう。
 
今日は友達と江ノ島に遊びに行った。段原とにゃん氏とゆう君。先週できたばかりの新しい友達。
江ノ島にはお昼前に到着して、お土産屋さんとかを見て周りながらたくさん買い食いした。ラムネ、ソフトクリーム、みたらし団子。歩きながら食べるのって普段は行儀が悪くて遠慮しちゃうけど観光地だと不思議と抵抗なくできちゃう、ってことを話した時に段原がボソっと「免罪符屋さんになりたい」と漏らしたのがツボに入ってラムネを少し吹き出してしまった。とってもとっても恥ずかしくて、なんだよもう!ってなったけど、天才だと思った。売れると思うよ。行儀が悪いことをするのは楽しいものね。

 

お昼に入ったお店で、私のシラス丼だけみんなのより先に運ばれて来た。シラスの数を数えながらみんなの分がそろうのを待ってたら「先に食べなよ」って言われて、飯はなるべく一緒に食う。って言ったらみんなウケてうれしかった。何それって笑いながらツッコまれたんだけど、私も昔アイドルだったころのファンの人たちが何かの呪文みたいにツイッターに何度も載せてて元ネタとかはよく分かんないって言ったらまた笑われて、今度は少しムっとしたけど、ご飯がおいしかったから寛大な心で皆を許した。いつも不機嫌な人に「これ食べて怒るのはもうお止めなさい」って言って美味しいものをあげたのがお中元の始まりだって言われたら、今なら信じちゃう気がする。シラスはおいしい。

ご飯を食べてお酒も飲んで、もう暑くいからずっとここにいようって誰かが言いだしたんだけど、にゃん氏が座敷に寝っ転がっていたらお店の人にやんわり怒られてそそくさとお店を出た。3人で順番ににゃん氏を糾弾しながら石段を登った。後ろから全員の荷物を持って汗だくのにゃん氏がブレードランナーの真似をしながら世界に呪詛をまき散らかしているのが聞こえた。

 

おまえたち人間には信じられないようなものを私は見てきた。何にでもフレンズをつけるオタク、突然競馬に詳しくなるオタク。そんな思い出も時間と共にやがて消える。雨の中の涙のように。死ぬ時が来た。

 

こうやってにゃん氏が突然映画とかアニメとかゲームのセリフを引用すると、ゆうくんが「今のはブレードランナー」と、元ネタを解説してくれる。ただでさえ口数が少ないゆうくんは普段でも発言の7割くらいがにゃん氏の引用セリフ解説だったりするんだけど、炎天下に歩き回って疲れ切った夕方頃には完全に歩く元ネタ辞典になってて面白かった。

 

日も暮れかけてきたころ、路地裏の自動販売機で缶のメロンソーダを買って、飲みながらしばらくそこで海を眺めた。私が飲んでる缶を見てゆうくんが「メロンソーダってメロンの味しないよね」って言った。私は、だよね。とだけ答えた。たいていのメロンソーダは嘘の固まりだ。そんなの4歳から知ってる。でもわたしは騙されながら飲む。嘘は美味しい。一口飲むと冷たい緑色の嘘が食道を通って胃に流れ込むのが分かる。冷えた缶を額に押し当てると、その心地よさに心を売り渡してしまいそうになる。

最後の一口を飲み終えて昔見た映画の真似をして飲み干した缶を踏みつぶすと、メコっと間の抜けた音がした。さっきまでシュワシュワの嘘で満たされたアルミ缶の哀れな姿は涙を誘った。目を上げると、夕暮れの陽射しを反射した海面がキラキラと光っていた。遠く沖をゆっくり回る漁船の影、どこからか聞こえる猫の鳴き声、恋人たちの気配、子供たちの嬌声。優しい風に目を閉じると、雨の匂いがほのかに感じられた。段原が小さな声で「幸せだね」ってつぶやいていた。