100年の孤独

I only sleep with people I love, which is why I have insomnia

こんばんは。椎名彩花です。

冷蔵庫が壊れた。冷気を帯びないそれは不気味な音のする棚に成り下がった。
しようがないからその日の食材だけ買って来て、それをベランダに置いている。冬で良かった。外気は冷たい。野菜や冷凍肉を、ベランダに持って行ったりベランダから持ってきたりするのは、前時代的で、より家庭的な気さえするのだけど(家庭菜園してるっぽいから)、朝は寒くてつらい。冷蔵庫がほしい。

雨が降った夜にベランダの食材に気づかず放置して寝てしまった時は、翌朝になってやっと気づいた自分への怒りと、それを凌駕する無力感で脱力して、床にへたり込んで泣きそうになった。というか、涙が出なかっただけで、確かに私の心はあの時泣いていた。実際のところ、雨に濡れたからと言って肉や野菜に悪影響があるかといえばなさそうなんだけれども「外に放置している事を忘れて雨ざらしにしてしまった」というのがとてもみすぼらしく感じられてしようがなかった。それでもうまったく心が打ちのめされしまった私は、もう少しで冷蔵庫の入った「欲しいものリスト」をtwitterで公開するという、物乞いのような事をしそうな精神状態だったけども、とっさに飼っている亀の甲に頬を付けてその生臭さに死にたくなるという自傷行為に耽る事で難を逃れた。「死にたい」に「死にたい」をぶつけて相殺することでギリギリのところで踏みとどまったのだ。亀には悪い事をしたと思っている。
新生活応援フェアみたいなものが、もうすぐ電気屋で始まるはずで、それまではなんとかこのまま頑張ってみる。
 
先週は未彩と遊んだ。未彩は私がアイドルだったころ、同じグループのメンバーだった。久しぶりに会う未彩は以前にもまして色が白くなって、なんだか消しゴムと人間のハーフのようだった。未彩は少し独特な子で、ときおり話がかみ合わなかったりする。例えば「昔こんなことがあったね」とアイドル時代の思い出を話題に出すと、そうだね。こんなこともあったね。と言って紀元前のローマ文明の話を始めるような無軌道さがある。でもそれと同時に、話がかみ合わないままでも相手を不快にさせない不思議なオーラを持っている。なので二人で話していると、話の着地点がなくフワフワと宙ぶらりんなまま永遠に話が続いていくような心地よさがある。

ピザを食べながら二人でとりとめのない話をする中で、自然とアイドル時代のプロデューサーの話になった。今でも時折夢に見る事がある。プロデューサは、もうどこからもイベントのオファーが来ない。私たちの力が無いから、やる気がないから、もうこのグループは活動を継続できない。と言った。私はあの時何かを言い返したかった。でも何を言えばよかったのか。自分の生殺与奪の権利を握る相手に向かって何を言えばいいのか。私には分からなかった。

第二回ポエニ戦争のとき、アルキメデスはローマと敵対するシラクサの地で画期的な兵器をたくさんつくっていた。だけど、家の外で土に図形を描いていたアルキメデスはローマの兵士に見つかってしまって、そのときにアルキメデスは「私の図形を踏むな」と言った。それで怒ったローマ兵に殺されてしまった。自分のことを殺せる相手になにを言えばいいのかよくわからない。剣を持ったままなにを言えばいいのかもわからない。だれかの目を抉ったりするだろうか。アイドルを、辞めろというのだろうか。私はいつもアルキメデスではなかった。兵士でもなかった。私は、アイドルだった。大きくなったら冷蔵庫屋さんになりたい。